既に日本の「安全神話」は通用しない時代になっているのか

2015年の6月に発生した、東海道新幹線での焼身自殺事件は、日本の社会に大きな衝撃をもたらしました。

これは、新幹線開業以来初めての火災事故だとのことで、こうした事故が起こるとマスコミがやにわに「セキュリティーチェックは万全だったのか」などと、批判にみせかけた無責任なから騒ぎをしだすわけですが、仮にポリタンクではなくとも水筒やペットボトルなど、ガソリンを持ち込む方法はいくらでもあるわけで、JRを非難するのは筋違いといえるでしょう。

結局のところ、戦後からこれまでの日本の「安全神話」は、日本人の公共心やモラルの高さに支えられていたわけで、それが崩れた結果発生したという本質から目をそらすために、だれかに責任をかぶせてごまかすのはいい加減やめたほうがいいと思います。

さて、セキュリティーチェックというと飛行機に乗るには必ず行わなければならないものですが、訪日外国人に言わせると、日本のセキュリティーチェックは信じられないほどゆるいそうです。

確かに出国時は手荷物や脱いだ上着をレントゲンに通すだけだし、帰国時も日本のパスポートを持っていれば、荷物を全部開けて調べられるということもあまりなく、二~三簡単な質問に答えるだけで通してくれます。

そのように「ゆるく」していられるのは「出入国管理及び難民認定法」の2007年の改正で、外交特権を有する者、政府招待者、特別永住者、16歳未満以外の外国人が入国するときには、入国審査で指紋の採取と顔写真の撮影が義務付けられ、それによって蓄積されたデータから、犯罪歴などがある外国人を予めはじけるようになったからだという指摘もあります。

しかし、本当にこれで今後も機内の安全を保てるのだろうかという危惧はあります。
例えば、日本で活動していた韓国籍の俳優が、台湾の空港で暴行事件を起こすということがありました。彼は犯罪歴などない人物で、日本から無事出国できたにもかかわらず、台湾で事件を起こしたわけです。このような人物が、機内で犯罪行為を行うという可能性も否定できない以上、「危ない外国人をはじいているから安全」ということは言えないわけです。

「セキュリティーがゆるくても安全」というのは誇るべきことではあるでしょうが、そうもいっていられない時代になりつつあることも自覚しておくべきではないかと思います。

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