ヴァージン・アトランティック航空が日本から撤退した本当の理由とは

ロンドンのヒースロー空港を拠点に、主に長距離国際線を運行しているイギリスの航空会社ヴァージン・アトランティック航空。

エリザベス女王にナイトの称号を賜った名物社長“サー”リチャード・チャールズ・ニコラス・ブランソンの方針で、世界で初めてエコノミークラスに個人用モニターを導入したり、機内にバーカウンターを設置したり、機内食を機内スケジュールの都合による一律配布ではなく乗客が食べたいときに注文できるようにしたりと、革新的な事業を展開してきました。

ヒースロー空港の「クラブハウス」と呼ばれるラウンジには理髪店をつくり、空港からロンドン市内までのオートバイでの移動サービスを行うなど、一風変わった顧客サービスが受けて人気を得ている航空会社です。「クラブハウス」は空港ラウンジの中では世界随一であるとの定評があります。

そのヴァージン・アトランティック航空が2014年9月13日、路線ネットワークの強化と顧客満足度向上のための路線再編を発表しました。これにより、ロンドン発着のバンクーバー、ムンバイ、ケープタウン、そして成田への路線が廃止されることになっています。

ヴァージン・アトランティック航空がロンドン-成田線を就航させたのは1989年のこと。当時はイギリス第二の空港・ガトウィック空港発着でしたが、その2年後にはヒースロー空港発着に切り替わっています。日本でも、ビジネスクラスの乗客を成田空港まで送迎するというサービスを行っており、地道な人気を集めていました。

ヴァージン・アトランティック航空はもともと2014年の羽田空港国際線ターミナル拡張に合わせて、日本便を成田から羽田発着に変更する予定でしたが、それが急転直下、日本からの撤退と相成りました。日本のファンからは撤退を惜しむ声が上がっています。

しかし、日本からの撤退は同時に廃止が発表された路線のような不採算路線のリストラではないという見方も出ています。

これまでロンドン-成田便を運行してきた競合他社=JAL、ANA、は羽田の拡張に伴い2014年春には成田から羽田へ移行、イギリスのフラッグ・キャリア、ブリティッシュ・エアウェイズはロンドン-羽田便を就航させたものの、ロンドン-成田便も維持しています。

そうした改変の動きにヴァージン・アトランティック航空はほとんど影響を受けていませんでした。これは、この会社の「固定ファン」が搭乗率を支えていたためです。つまり、ロンドン-成田便に限っては不採算路線ではありませんでした。

では、それにもかかわらず撤退するのはなぜか?

実はヴァージン・アトランティック航空の大株主は株式の49%を持つシンガポール航空でしたが、2012年、その49%の株式がアメリカのデルタ航空に買い取られています。これに伴い、同社はデルタ航空とのコードシェア(同じ便を共同で運航すること)を強化することになり、また自社路線でもニューヨーク便とロサンゼルス便を増便、デトロイト便を新規就航させます。

ロンドン-成田便が廃止される最大の理由は、このようなアメリカ方面重視の経営にシフトしたというのが最大の理由のようです。

現在ヨーロッパでは、ドイツのルフトハンザ航空、フランスのエールフランス航空とオランダのKLMオランダ航空が共同経営しているエールフランス-KLM、ブリティッシュ・エアウェイズとスペインのイベリア航空が共同経営するインターナショナル・エアラインズ・グループという3大航空会社が空の覇権を三つ巴で争っているという状況です。

ヴァージン・アトランティック航空がそうした覇権争いに巻き込まれず、独自性を保つには、北米便の強化に活路を見出すしかなかったのかもしれません。

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