フライト・シミュレーターがなかった時代の訓練には・・・

ジャンボには、さまざまなトラブルに対処するメカニズムが採用されており、かなり危険な状態に陥っても、なんとか運航することが可能です。たとえば、片翼のエンジンが1基故障した場合でも操縦はできますが、そのためには、それ相応の「技術」が必要となります。

そこで、そうした資質を常に持っているかを確認するため、パイロットには定期的な技能審査が義務づけられています。

現在では「フライト・シミュレーター」というゲームセンターにある電車やF1などを運転するゲームのような模擬飛行装置を使って行なわれています。とはいえ、実機のコクピットを忠実に再現した高性能さは、当然ですがゲームの比ではなく、1台数十億円もする高価なものです。

この審査は、通常ありえない状態での飛行技術や、緊急時の対応などを見るためのもので、その内容は、まさに「尋常ならざる危険行為」のオンパレード。

離陸後、教官の指示した高度まで上昇してからは、急上昇、急降下など通常のフライトでは絶対に厳禁、といった指示ばかりが与えられます。

たとえば、バンクと呼ばれる「旋回中に機体を傾ける角度」は、実際のフライトの場合には、最大でも25度くらいが限界のところを、60度という、ほとんど逆さまな状態でバンクしたりするといいます。また、非常事態時の対応としては、離陸や飛行中など、さまざまな状況でエンジンのひとつをシャットダウンしたり、油圧系・電気系などの故障時の対応や、横風、視界不良など厳しい気象状況下での対応をテストされます。

さて、こうした極限状況の疑似体験ですが、フライト・シミュレーターが開発される以前はどうしていたのかというと・・・当然といえば当然ですが、実機で行なわれていたのです。

そこで最も過酷だったのが、離陸時のエンジン故障の試験です。滑走路から機体が浮き上がる、まさに離陸の瞬間、教官がひとつのエンジンを絞ってしまいます。ここで停止するのは非常に困難で危険な技です。実際、この試験では、失敗して飛行機を大破させるなどの超大事故を含めて、大小多くの事故が起こっていました。しかし、こうした状況が起こりうる以上、シミュレーターのない時代には、パイロットとしては体験せざるをえなかったのです。

さて、そんな技能試験で恐怖体験をしていたのは、何も受験生だけではありません。横に乗っている教官も命がけです。それはそうです。エンジンを絞ったあと、うまく操縦してくれればいいのですが、そうでない場合は教官が「アイ・ハブ(私がやる)」と声をかけ、操縦交替になるからです。ですが、そこまできたときには、すでに飛行機は半分飛び出しかけていて・・・さらに操縦が困難な状況に陥っています。

当時、教官を務めたあるパイロットによれば、文字どおり「生死をかけた」状況も少なくなかったとのことです。

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