世界初の宇宙飛行士は、あなたの名前「いいね!」ということで決定!?

世界初の宇宙飛行士である、ユーリ・ガガーリン。

1961年、世界初の有人宇宙飛行を成功させた人物であり、天文学やSF好きの人間にとっては、忘れることのできない名前です。

人類史上初めて、乗り物に乗って宇宙に出た人間ということになりますが、この時の乗り物・宇宙船ボストーク1号は、長さ3.1mの機械船と、直径2.3mのカプセルと、二つの部分でできており、ガガーリンが乗り込んだのは、カプセルの部分。

まったく人間向きではない環境の宇宙に出かけるのに、直径2.3mしかない乗り物だったのです。

しかもその中に人間も機械も載せるのですから、狭いのなんの。実際、ガガーリンが宇宙飛行士に選ばれた理由の一つは、体格が小さかったから。

もう一つ理由があって、「ユーリという、いかにもソビエト風の名前だから」。世界初の有人宇宙飛行に成功したのはソビエトです!と世界にPRするのに、「彼の名前はちょうどいいね!」とされたのです。

芸能人でもなんでも、オーディションというのはそういうものですが、ガガーリンも思わぬ理由で「いいね!」となったわけです。なぜそんなにもPRを意識していたかというと、当時のソビエトとアメリカが、宇宙開発のライバル同士だったから。

ソビエトの有人宇宙飛行の8年後、アメリカが月面着陸を果たしたのは、(たぶん)「ソビエトに負けないぞ」と頑張った成果です。

アメリカへのライバル意識いっぱいに、ガガーリンとスタッフが行った世界初の有人飛行は1時間49分。大気圏外を1周するだけのものだし、宇宙船というよりは人工衛星的な感じです。宇宙船というより人工衛星的な感じ、というのは、ガガーリンは「宇宙船内部の制御盤に触れてはいけない」とされていたから・・・。

宇宙船は船長が操縦することであちこちへ行くものとされていますから、ガガーリンはそういう意味での「宇宙船の船長」ではなかったのです。それでも有人宇宙飛行は成功し、ガガーリンは世界に知らない人のない、超有名人になりました。

宇宙から地球を見たガガーリンの言葉「地球は青かった」も大流行しましたが、実はそのようなことは言っていないそうです。天文学ファンやSFファンが聞いたら、卒倒しそうな話ですが。ガガーリンは宇宙飛行士といっても、作家ではない普通の人です。日本の俳句や短歌も知りません。こんなコマーシャルのキャッチコピーみたいな、スカッとシャープなセリフは言ってないそうです。

地球は明るい色の球形で、非常に美しく、色がさまざまに変化する。宇宙は暗闇である一方、地球は青みがかっており、地平線が明るいオレンジになることもある。地球はみずみずしい色調にあふれていて、薄青色の円光にかこまれていた・・・、等々。

実際にはもっと断片的で、だらだらとした説明というか描写というか、宇宙はああだった、地球はこうだった、が続くようです。

人類史上、誰も見たことない未知の風景を言葉で説明しなさい・・・、そうそう、できるものではありません。

一方、ガガーリンの決めゼリフ「地球は青かった」を作ったのは、新聞記者だと言われています。新聞記者ですから、もちろん言葉のプロ。大流行した名ゼリフとなったのも、当然かもしれません。

その後、宇宙飛行から7年経った1968年に、ガガーリンは亡くなってしまいました。ジェット機の操縦中、別のジェット機とニアミスしての墜落死だったそうですが、なにしろ世界初の宇宙飛行士、ソビエトが国を挙げてPRした超有名人の突然の逝去です。

ホントに事故・・・?なんかあったんじゃないの~?

と疑う人がたくさん出るのが判りきっています。

そうしたことからソビエトは、事故も原因も国家機密としました。つい最近、2011年まで公表されなかったそうです。さらに、2013年のガガーリンの同僚アレクセイ・レオーノフの主張によると、ニアミスの原因は地上管制の連絡ミス。超有名人が管制ミスで逝去してしまったなんて公表できない、というのもあったらしいのです。

ちなみに、この「管制ミスだ」と主張した同僚、アレクセイ・レオーノフという人物。世界初の宇宙遊泳(船外活動)をした人で、ガガーリン同様の超有名人だそうです。

関連記事

おすすめ記事

ページ上部へ戻る