塗装は飛行機のいわゆる「お化粧」です

飛行機のデザインには、作る人の人柄やスポンサーのセンスが表れ、さまざまな物語を生み出します。

なんでこうしちゃったの。という形の飛行機もあれば、なんてステキなスタイルの飛行機。しかも音速。と世間を驚かせたのに、飛ばしてみたら燃費が悪くて営業中止になったり。

さらに塗装は「飛行機の化粧」といわれることがあります。同じ機体でも塗装で雰囲気が変わり、多彩な表情を見せるからです。

シャープなラインを適切に入れればスタイリッシュな機体に。可愛いキャラクターを入れればファンシーな飛行機に。スター選手の写真を投入すれば、フライトそのものが「がんばって!」のメッセージとなります。

ところが、飛行機を塗装する目的は「スタイルよく見せる」事だけではありません。

塗装の目的は『航空機外部構造の保護(腐食防止)と美観、標識』とされています。

「格好良く見せる」という目的のほかに、「過酷な環境を飛行する機体を保護する」「どんな飛行機か表示する」という大切な役割があるのです。

飛行機は暑いし寒いし雨風にさらされるし、高度が高くて紫外線の強いところを飛びます。なにか保護するものを塗っておかないと、さびていたんでしまうのです。

女性が素肌をいためないよう、日焼け止めやUVファンデーションを塗るのと同じです。

保護が目的だからと、この飛行機に自分の好きなあの飛行機の塗装をしたら、どれがどれだか判りにくくなり、他の飛行機に迷惑です。

女性の化粧が濃すぎると、誰だか判別できなくなるのと似た現象です。

旅客機の塗装はアニメから写真まで多種多様、どう塗ってもよさそうに見えますが、「標識」の範囲を超えてはいけないのです。

旅客機の塗装には、下塗り(プライマー)と上塗り(トップ・コート)があります。

女性のマニキュアを連想させる工程ですが、飛行機の塗料はポリウレタン系がメインのようです。自動車塗料が元祖といわれているマニキュアとは、かなり様子が違います。

プライマーはエポキシ系・ポリウレタン系など、金属に対する付着性が優れた素材の塗料が使われます。トップ・コートに大切なのは耐候性、強靭なポリウレタン樹脂が多いそうです。

これら塗料の重量がないほうが、飛行機の燃費が良いのでは?と言われることがあります。実際に輸送機などには「無塗装」があるそうです。

ですが、飛行機の重量は「自重・搭載物・燃料」の合計。塗料の重量は自重の一部に含まれることになりますが、計算上、重視されるほどの数値ではないようです。

また「塗料代がいくらかかるのか」「塗料はドラム缶いくつ分なのか」も、よく話題になります。これには諸説あってはっきりしませんが、数千万円説が多く、1億円もかかるということはないようです。

どういう機体にどういうデザインを描くかで、どんな塗料がどれくらい必要か、千差万別となります。機体に塗料をどう塗るかの手法も増えているので、その結果、選択肢が増え「塗装のたびに費用は違う」ということのようです。

塗料のコストや重量が心配になるほど、豪華な機体デザインを行うようになったのは、わりと最近のこと。

古い洋画を観るとわかりますが、初期の旅客機は小型です。なにかやりたいと思った人はいたかもしれませんが、実際には「社名を機体に書いとく」くらいのシンプルなものでした。

時代が進み、旅客機が大型化すると「あそこになんか描きたい」と思いつく人が出てきます。

芸術家によくいるタイプです。平面でも立体でも、ある程度の面積を発見すると、なんか描こうとする。

旅客機の胴体に会社のロゴを描いたり、機体のカラーリングなどが始まり、1960年代になると、大企業や工業デザイナーが機体デザインに参加。

「飛行機をデザインする」という意識が、本格的なものとなったのです。

1970年代までは、旅客機はメインカラーが白、ノーズ部分だけ黒というのが定番でした。

機体の保護に白が都合良かったこと、当時のレーダーのしくみの都合で、飛行機のノーズに誘電性塗料の塗布が必須だったのが理由です。

1980年代に入ると、技術が進んで誘電性塗料を塗らなくても良くなり、これが機体デザインの多様化につながりました。

「ノーズが黒いくらい、デザインするのに支障ないだろう」と素人は思いますが、デザイナーは芸術家ですから、そうはいかないのです。

1990年代以降は、塗料が進化し、デザイナーの選択肢がいっそう増えていきます。写真をそのままデザインできたり、パール系など新しい質感の塗装ができるようになりました。

日本に初めて「特別塗装機」が登場したのは、この1990年代です。ANAの「マリンジャンボ」が、1993年秋に新造されました。ジャンボ機「ボーイング747-400D」の機体全体をクジラに見立て、クジラの周囲を泳ぐほかの魚たちを描きこんだものです。

これを描きあげたデザイナーは、一人の女の子でした。

ANAが累計利用者数5億人突破を記念して、ボーイングの機体デザイン「スペシャルマーキング」を一般公募。小学六年生の女の子が描いた青いクジラが、最優秀作品に選ばれたのです。

クジラが空を飛ぶ姿にそっくりなので、マリンジャンボは大人気となりました。空港にはマリンジャンボに乗りたい乗客が殺到。多くの地方空港から「マリンジャンボに、こちらの空港にも来てほしい」と招待されました。

招待が多すぎて応じきれないので、もう一機、ボーイング767-300にも同じ塗装が行われ「マリンジャンボ・ジュニア」も誕生しました。

日本の旅客機の特別塗装の歴史は、マリンジャンボの熱狂的な人気から始まり、現在に至ります。女の子は成長してプロデザイナーとなり、デザイン業界で活躍なさっているそうです。

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