ジャンボジェット機のコクピットは何故二階にある?

ジャンボ機が登場するまで、旅客機にはアッパーデッキ(二階)がありませんでした。コクピットは、客室の前部、機首のすぐ後ろに設計されていたのです。しかし、主翼のあたりまでアッパーデッキを伸ばした形のジャンボ機では、コクピットはなぜかアッパーデッキ(二階)の客室の前部に移動しました。それではなぜ、移動したのでしょうか。

ジャンボ機の開発がはじまった1965年頃、70年代後半の旅客機の主役は超音速旅客機SSTと考えられていて、ジャンボ機を開発しても70年代後半には役割は終わる、と予測されていました。となると、ジャンボは旅客機としては5年くらいしか使用できません。

そこで、開発に巨額の投資をしていたボーイング社としては、ジャンボの商品としての価値を上げ、投資した資金を少しでも回収するために、ジャンボの延命をはかる必要がありました。

そこで注目したのが、大量輸送の時代を予感させる航空貨物輸送の動きだったのです。ボーイング社、パン・アメリカン航空、エンジンのP&W社、3社の技術スタッフは、旅客機として使えなくなったら貨物機に改造して利用できるよう設計することにしたのです。

胴体を貨物機らしく一階は前から後ろまで吹き抜けにし、貨物の積み降ろしに便利なように設計。標準コンテナを並べて収容できるように幅も広げられました。

旅客機のときは一階をすべて客室にし、アッパーデッキ(二階は前にコクピット、後ろに客室がつくられました。アッパーデッキの客室はファーストクラスやビジネスクラスに利用され、一階よりグレードの高いサービスが提供されています。

このため、一階にコクピットをつくると、胴体の幅を広げたために機長と副操縦士の席が離れすぎて互いのコミユニケーションがとりにくいとか、パイロットの視界が二階に設けた場合より悪いといったことも、コクピットを二階に設けることにした理由。

ジャンボが旅客専用機として、もう少しスリムなボディにつくられていたら、コクピットは一階になったかもしれません。そうなれば機体のイメージも違っていて「ジャンボ」という愛称で呼ばれることもなかったかもしれません。

ちなみに初期のジャンボ機の多くはその後、当初の計画どおり貨物機に改造されて航空機としての天命を全うしているそうです。

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