「空港」と「飛行場」の違いっていったい何?

飛行機が発着する施設は「空港」と呼ばれるのが一般的ですが、「飛行場」という方もいらっしゃると思います。

「羽田空港」の正式名称は「東京国際空港」で、機内アナウンスなどではどちらも案内されることが多いですが、戦前は「東京飛行場」だったといいます。

また、現在の「茨城空港」は、2010年に航空自衛隊と民間による共用を開始する前は「百里飛行場」と呼ばれていて、現在の国土交通省の登録名は「百里飛行場」となっています。

他にも正式名称は飛行場である空港が全国には多くあるようですが、この「空港」と「飛行場」の違いは空港整備の歴史の流れに関係しているようです。

そもそも、愛称的なかたちでいろいろな呼ばれ方をしているだけなのか、それとも違いが定められていたりするのでしょうか?

国交省のホームページによると、全国の空港は管理者と規模によって以下のように分類されています。

(1)成田国際空港など民間企業が管理する「会社管理空港」
(2)国交省が管理する「国管理空港」
(3)地方自治体が管理する「地方管理空港」
(4)国交省や地方自治体が管理しているが規模が小さいため上記に含まれない「その他の空港」
(5)自衛隊と共用しており防衛省が管理する「共用空港」

上記の中で、(4)の「その他の空港」と(5)の「共用空港」に分類されるものは登録名が「○○飛行場」とされているようなのですが、なぜ「空港」として登録されなかったのでしょうか?

現在、空港の設置などについては、“空港法”により定められています。

空港法第2条には、「この法律において『空港』とは公共の用に供する飛行場をいう」とあり、つまり航空機の発着場の総称が「飛行場」で、そのうち公共の用に供するものが「空港」ということと読み取れます。

「公共の用に供する」という言葉を“誰でも繰り返し利用できる”と解すれば、定期便が就航しているということを「公共の用に供している」と置き換えることができます。

しかし、定期便が就航していても「飛行場」で登録されているケースもあるのが現状なので、この条項で管理しているというのは一貫していない感じがします。

そこで、空港法の前身であり、終戦後米軍に接収されていた全国の飛行場が日本に返還され始めた1956年に施行された“空港整備法”を紐解くと、答えにたどり着けそうな記載があります。

現行の空港法第2条では「この法律において『空港』とは公共の用に供する飛行場をいう」という記載にとどまっていますが、空港整備法第2条には「この法律で『空港』とは主として航空運送の用に供する公共用飛行場であって、次に掲げるものをいう」とあり、第1種空港、第2種空港、第3種空港という分類と結びつけられていて、この3種類の空港が現在の会社管理空港、国管理空港、地方管理空港におよそ一致しているのです。

戦前は日本国内には“空港”と呼ばれる施設はなく、東京国際空港は「東京飛行場」、大阪国際空港は「大阪第2飛行場」など、すべて飛行場という名称でした。

戦後になって、米軍の接収を経て運輸省(現国交省)の所管になった時、管理や費用の負担などについて定めるために多くの飛行場が空港整備法の第1種~第3種空港に分類され、「○○空港」に改称されたようです。

戦前の「○○飛行場」という名称のまま取り残されたのは、滑走路の長さが1,200メートル未満あるいは定期便が就航していない規模の小さな飛行場、旧日本軍の基地だった飛行場、また近隣に他に第1種~第3種空港がある場合などは空港整備法第2条の対象外となったケースです。

「飛行場」として残っている例としては、東京都調布市にある「調布飛行場」が有名で、伊豆大島などを結ぶ小型機の定期便が就航していますが、「飛行場」と名乗り続けています。

日本に「空港」ができたのは戦後になってからですが、「空港」という言葉は戦前から使われていたようです。

1932年刊行の「現代語大辞典」に“エアポート”を「空港」とする解説が写真付で載っていますが、当時の新聞では「飛行場」「空港」を明確に区別してはいなかったようです。

1938年に東京飛行場を出発した民間航空機が起こした空中衝突事故の新聞報道(東京朝日新聞)では、見出しでは「羽田空港初の惨事」となっているものの、文中は「羽田飛行場」と書かれています。

その前年にアメリカで発生したドイツの飛行船の墜落事故を報じる中外商業新報(現日本経済新聞)の報道においても、見出しは「レークハースト空港」、文中は「レークハースト飛行場」と書かれていて、特段区別することもなく、なんとなく使用されているように見えます。

戦前は「飛行場」と「空港」に違いはなかったものの、戦後の空港整備法施行によって「空港」が「飛行場」から区別されたことから、規模の大きな「空港」と小さな「飛行場」というイメージが醸成されていったと思われます。

国交省航空ネットワーク企画課の平室公氏によると、空港法第2条について「この条文はあくまで空港法中での『空港』という語を定めているのであり、各空港の名称に影響は与えない」、また「各空港や飛行場が自由に愛称をつけることは問題ないし、それで混乱が起こったという話は聞いたことがない」とのことです。

最後に国内の空港を例に挙げてみます。
まず、愛知県豊山町にあるのは正式名称「名古屋飛行場」ですが、一般的には小牧空港と呼ばれていたり、空港のホームページには県営名古屋空港と書かれていたり、いろいろな名称を持っています。

歴史的には、戦前からの名称は「名古屋飛行場」でしたが、戦後第2種空港に登録された際に「名古屋空港」へと改称しました。

その後、2005年に中部国際空港(セントレア)が愛知県内にできたことから第2種空港から除外されたため、登録名を元の「名古屋飛行場」に戻したという経緯があります。

愛知県の担当者によると「『飛行場』にしなければならないという決まりはなかったが、『その他の空港』に入るほかの施設がみな『飛行場』だったので合わせた」ということだそうです。

次に、2010年に共用化された「茨城空港」、正式名称は「百里飛行場」です。

航空自衛隊の百里飛行場を共用化するにあたって、搭乗者や利用者になじみやすいよう愛称としての呼称を一般公募しました。

茨城空港を所管する茨城県空港対策課によれば、「特に○○空港とするという縛りはなかったが、結局集まった候補の多くが空港という名称だった」とのことで、呼称変更について国交省に相談したところ「空港」と名付けることに特段の問題はないため、結局「茨城空港」に決まったといいます。

このほかにも、「米子鬼太郎空港」の正式名称は「美保飛行場」など、探せばもっとあるのかもしれません。

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