羽田空港への新アクセスは実現可能か?

2020年の東京オリンピックに向けて、首都圏の交通インフラの拡充についても検討が進められています。

特に空の玄関となる羽田空港へのアクセスについては先駆けて様々な案が検討されていましたが、ここにきてその勢いに陰りが出始めているようです。

2015年4月5日にJR東日本が計画している羽田空港アクセス新線(以下、羽田新線)の2020年東京オリンピック前までの暫定開業を断念すると報道されました。

羽田新線自体を断念したわけではなく、引き続き2024年の全線開業を目指すことには変わりないとされていますが、現時点でまだ具体化に至っていないことから、オリンピックまでには工期を間に合わせることが困難という判断がなされたのだと思います。

このJR東日本の構想だけでなく、京急蒲田駅と東急蒲田駅を接続して空港アクセスを良くする“蒲蒲線”や東京モノレールの東京駅延伸など、羽田空港アクセスの構想はいくつも提唱されています。

しかしながら、この状況に対して東京の鉄道事情に詳しい専門誌の記者は、「ハッキリ言って今の“羽田新線”構想乱立は東京オリンピックバブルに湧きたっているだけ。新国立競技場ですら建設費が高過ぎるとして計画の見直しが進められているというのに、鉄道業界だけが新線新線と騒いでいるというのは異常です」と異論を唱えています。

ところで、実際のところ羽田新線に需要があるのでしょうか?

国土交通省が発表した平成23年度の旅客流動調査によると、羽田空港利用者の交通手段は鉄道がモノレールと京急を合わせて58%、21%が空港バスで、13%が自家用車となっています。

この鉄道利用率は全国の空港を見てもトップの数字で、博多駅から地下鉄で10分という国内一好アクセスの福岡空港をも上回っている数字が出ていますので、需要自体はあると言えるでしょう。

現状は羽田空港へ行くには、モノレールは浜松町駅、京急は品川駅などで乗り換える必要があるため、羽田新線開通によって渋谷や新宿から直通で行くことができるとすれば、それを歓迎する利用者は多いものと思われます。

しかしながら、羽田新線の建設費は数千億円ともいわれていますが、ここまでの金額を投下するほどの需要といえるのでしょうか。

羽田空港の新滑走路オープンに伴う発着数増加や国際線ターミナルの完成などにより、利用者数は近年右肩上がりとなっており、一昨年には初めて年間7,000万人を達成していますが、国内線利用者数ではピーク時の2007年の水準には戻っていないのが現状です。

今後、国内人口が減少していく中で利用者数が更に増えていくかどうかは不透明であり、空港発着枠も限界を迎えているため、運航便数の増加により利用者数が伸びるということは考えにくいでしょう。

つまり、羽田新線構想はあくまでも限られた現存の乗客の奪い合いに過ぎないということなのです。

京急の空港線や東京モノレールがほとんどの時間帯で乗車率150%となっていて輸送力の限界がきているという状況であれば、新線の必要性があるといえるでしょう。しかしながら、列車本数を増やすことこそ難しいかもしれませんが、混雑状況などを見る限りはまだまだ余力はあるといえます。

東京オリンピックを見据えて沿線の開発が進むことも想定されていますが、それでも輸送力が危機的状況になるとは到底言えない状況でしょう。

では、なぜこのタイミングでJR東日本が新線構想を打ち出してきたのでしょうか?

その理由のひとつが“空港リムジンバスへの対抗”と考えられます。

2015年3月、首都高中央環状線が全線開通し、これにより新宿から羽田までの所要時間が以前の40分から20分へと半分に短縮されました。

現状、電車やモノレールを利用して新宿から羽田空港まで行くには40~50分はかかりますので、新宿方面の利用客にとってはバスの方がはるかに時間短縮になり、座ったまま移動できるという点でも利便性は高いと言えるでしょう。

公共交通機関を利用して羽田空港へ来る人は、モノレール、京急のいずれを利用する場合でもJRとの乗り換えが発生しますが、バス利用者が増加すればJRの利用者が取られてしまうことになるため、JR東日本はそこに危機感を抱いたのではないでしょうあ。

首都高中央環状線全線開通から間もないため、全線開通によって羽田空港へのバス利用者がどれほど増加しているの定量的な数値は出ていませんが、マイカー利用者も考慮すれば羽田へのアクセスは鉄道よりも車を選択する人が多くなるのかもしれません。

JR東日本の羽田新線構想は、利便性を高めることで新たな需要を掘り起こすというより、既存の利用者をキープするための消極的な構想に過ぎないように思われるのです。

そんな後ろ向きな目的のために数千億円の建設費を投じることに疑問が生じ始めたとしても致し方ないのではと思います。

実際に2015年3月に行われた交通政策審議会の『東京圏における今後の都市鉄道のあり方に関する小委員会』では、羽田新線について具体的な議論はほとんどなかったとのことですし、これまでは委員会においても度々空港アクセス線の構想が提案されてきていますが、ここにきて消極的になっているといいます。

2020年の東京オリンピックに間に合わない現実が見えてきた以上、バブリーな新線構想への意欲が薄れてきているのかもしれません。

国立社会保障・人口問題研究所による将来人口推計をみても、2020年までは東京都の人口は増加するものの、それ以降は減少に転じると見られています。

さらに地方と中央との格差拡大も問題視され、安倍内閣は“地方創生”を旗印のひとつに掲げています。そんな中での、数千億円もの大金を投じての羽田新線構想が果たしてどうなるのか、今後の動向に注目していきたいと思います。

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